
紛争の経緯と判断の枠組み
韓国大法院は2026年8月12日、2023Hu10637事件で特許権者の上告を棄却し、進歩性を否定した原審の判断を維持しました。対象は2022年2月24日付訂正請求による「LNGタンク製作用ステンレス鋼フラックス入りワイヤ」です。組成範囲・組成条件だけでなく、組織状態、固有の性質、用途、作用効果を踏まえ、当業者が先行技術との差を容易に克服できるかが問われました。請求項1・2の比較対象は先行発明1、請求項3・4は先行発明4であり、分けて読む必要があります。
請求項1・2――重なる組成と用途の記載
成分は実質的に同一で、多くの含有量範囲が包含又は重複し、関係式1も満たしていました。請求項はタンク母材を9%Ni鋼とし、先行発明1はSUS316・SUS316Lを対象としていました。しかし、明細書には9%Ni鋼の溶接に特に適する技術原理や組織状態、その適性を裏付ける根拠が見当たりませんでした。むしろ構造用鋼の母材に制約を受けない溶接材料の開発が課題とされていたため、用途の記載だけで異なる材料特性を認めることはできないとされました。
マンガンと不純物――範囲を限定する意義
請求項1・2のMnは3.0~8.0重量%、先行発明1は1.0~3.0重量%で、3.0が共通境界でした。いずれもMnを脱酸元素とし、下限は十分な脱酸効果の確保に関係していました。PとSの合計を0.1重量%以下とする限定も、高温割れに関わる不純物を低く管理する通常の技術的配慮の範囲と評価されました。明細書には、これらの範囲内外で臨界的意義や作用効果の差を示す実施例・実験結果がありませんでした。
請求項3・4――小さな差と極低温特性
先行発明4は関係式2・3を満たし、組成も大部分で一致していました。溶接対象は9%Ni鋼とは別のステンレス鋼ですが、特有の適性を認める根拠はありませんでした。Mnの1.51・1.44重量%は請求範囲2.0~5.0重量%の外にあるものの、下限との差は0.49・0.56にとどまり、臨界的な効果を示す記載もありません。請求項の−196℃におけるシャルピー衝撃値33~45Jは先行発明4に明示されていませんでしたが、引張強度640・650MPaは請求範囲640~740MPa内であり、極低温の衝撃特性に特別な差がある事情も確認されませんでした。
明細書作成と紛争対応への示唆
本件では4請求項すべての進歩性が否定されました。ただし、狭い範囲や小さな数値差が常に容易想到であるという一般則ではありません。選択した数値と合金組織、使用条件、得られる効果を結び付けて説明することが重要です。範囲外も含む適切な比較はその説明を支えますが、数値の相違や新しい用途だけで特許性を基礎付けられると考えないことが実務上の教訓です。
原図の表記と形状を保持しています。事件の事実関係と裁判所の判断は本文で説明しています。
